2012年02月09日
「つながり」雑感
今週の土曜日は香川大学医学部三俣診療班10周年記念祝賀会。
僕は このサークルのOBではないが、参加する。
創立以来、僕自身は三俣には登っていないが毎年下界からサポートしているし、部員・OBの皆さん全員とは少なくとも1回は顔を合わせている。
そんな会に出席するに当たり いろいろ考えるところがあり 今日は 家で飲みながら 昔の記録類などを引っ張り出してみて あらためて思った。
今 僕が いろいろやっていること、仕事であれ 趣味であれ 地域での活動であれ、そのすべては はるか昔の自分と なんらかの関係でつながっていると言うこと。 ある意味不思議でもあるし 必然でもある。
<三俣診療班とのつながり>
学生時代は、高校までの吹奏楽部での音楽三昧から 180°別の 「アウトドア」に興味がでて、探検部所属。山、川、洞窟に出かけていた。6年生の夏休みまで 山に登っていた僕は、卒後の進路を真剣に考えることもなく なんとなく 岡山大学第1内科(現消化器肝臓内科)に入局。研修医1年目の春に 医学部キャンパスぶらぶらしていたら「三俣診療班 班員募集」の掲示板が目に付いた。岡山大学が すでに20数年前から活動している北アルプスの「秘境」に近い三俣山荘での夏山医療ボランティアサークルだ。学生時代毎年夏には 通算 2,3週間は登っていたところだし、「協力してくれる医師看護師募集!」とあるではないか!。研修医でも交代で 7日間の 夏休みがもらえるらしい とも聞いていたので、ちょうどいい! 夏休みは山に!と思い立ちその場で「部室」訪問!。夏休みの診療班第2班で登った。
残念ながらそれ以降研修医としての仕事多忙につき山に登らずじまいになっていた。
岡山での12年間の医師生活を終えて 高松に帰ってきた2000年。すでに2年前から 探検部OBとして 現役部員の皆さんと交流するようになっていたが、そこで当時の部長から 相談を受けてびっくり!。
部長「ちょっと相談があります」
僕「何?なに ?」
部長「岡山大学のサークルから、夏山のボランティア活動に協力してほしい、と相談されてます。なんでも医学部のカリキュラムの変更で 学生が登れない時期ができてしまい その期間を 代わりにサポートしてほしい、ってことです」
僕「ふーーん」
部長「三俣山荘の診療班で 山の経験がある医学生に声をかけてて それで 香川医大探検部を思い至ったみたいです」
僕「え!!!!!(びっくりしたあ)」
1988年 研修医1年目の夏に一度だけ その岡山大学三俣診療班 に参加したよ!
と答えてから とんとん拍子!
まだ 三俣山域 の経験がない 当時の探検部 の皆さんに 情報提供し
もちろん 探検部としての アウトドア活動と 「診療班活動」は やり方も違うので 探検部活動の延長で考えてはいけないだろうし・・・できる限りのサポートを約束し 結果 僕のサポートは あまり必要がないくらい ちゃんとやってくれてほっとした。
で その1年半後 正式に 香川医大に 三俣診療班 発足となり 顧問になった先生(岡大OB すなわち 三俣診療班として大先輩)に これからも サポートよろしくね! ということで 部員でも OBでもない僕が 活動にかかわることになったわけ。
振り返れば 僕が 卒後1年目に 三俣に登ってなければ ここまで 僕としても のめりこまなかったと思う。
その意味で そんなことを考えもしなかった 研修医1年目の たまたまの 行動が 今につながっている という不思議を感じている。
で、その 研修医1年目に参加した 三俣診療班。当時はまったく 知らなかったが
香川で 三俣に上記のようにかかわることになって あらためて 検索したら!!なんと!
岡山大学三俣診療班の創設期には 僕が所属している 岡山大学第1内科の先生方(要するに僕の大先輩たち)が深くかかわっていたこと!がわかった。
研修医当時の僕は 「せっかくの夏休み丸々使って 北アルプスに登る」ってことが 「変なやつ」って思われるのを気にして 同期、先輩、オーベン・・誰にも言ってなかった。 第1内科の先輩方(当然当時 病棟でしごいていただいた 諸先輩方の中に三俣経験者が結構いたのだ)がかかわっていることを最初から知っていれば 堂々と 参加できたのに・・(^^)
そんなこんなで考えてみると・・・
僕自身は そのときそのときで 適当に考えて 進路を選らんだにもかかわらず 結局は 今から思えば最初から こうなる運命(大げさか?)であったのかもなあ って思うわけ。
はるか過去 と現在 そして 未来 って つながっている
それは たぶん まったくの偶然ではない
って 思うと 過去 そして 現在 そして 将来 かかわるであろう すべての 人たち を 大事にするってこと は
すごく大切なことだなあ と感じたしだいである。
なんかよくわからなくなったが 本日の雑感終わり。
土曜日は たぶん懐かしい顔も多く集まるだろうから 楽しみ! そして それが 将来の 僕の 何かに 役立つ つながるだろうことも確信しながら 楽しみにしたいと思っている。
僕は このサークルのOBではないが、参加する。
創立以来、僕自身は三俣には登っていないが毎年下界からサポートしているし、部員・OBの皆さん全員とは少なくとも1回は顔を合わせている。
そんな会に出席するに当たり いろいろ考えるところがあり 今日は 家で飲みながら 昔の記録類などを引っ張り出してみて あらためて思った。
今 僕が いろいろやっていること、仕事であれ 趣味であれ 地域での活動であれ、そのすべては はるか昔の自分と なんらかの関係でつながっていると言うこと。 ある意味不思議でもあるし 必然でもある。
<三俣診療班とのつながり>
学生時代は、高校までの吹奏楽部での音楽三昧から 180°別の 「アウトドア」に興味がでて、探検部所属。山、川、洞窟に出かけていた。6年生の夏休みまで 山に登っていた僕は、卒後の進路を真剣に考えることもなく なんとなく 岡山大学第1内科(現消化器肝臓内科)に入局。研修医1年目の春に 医学部キャンパスぶらぶらしていたら「三俣診療班 班員募集」の掲示板が目に付いた。岡山大学が すでに20数年前から活動している北アルプスの「秘境」に近い三俣山荘での夏山医療ボランティアサークルだ。学生時代毎年夏には 通算 2,3週間は登っていたところだし、「協力してくれる医師看護師募集!」とあるではないか!。研修医でも交代で 7日間の 夏休みがもらえるらしい とも聞いていたので、ちょうどいい! 夏休みは山に!と思い立ちその場で「部室」訪問!。夏休みの診療班第2班で登った。
残念ながらそれ以降研修医としての仕事多忙につき山に登らずじまいになっていた。
岡山での12年間の医師生活を終えて 高松に帰ってきた2000年。すでに2年前から 探検部OBとして 現役部員の皆さんと交流するようになっていたが、そこで当時の部長から 相談を受けてびっくり!。
部長「ちょっと相談があります」
僕「何?なに ?」
部長「岡山大学のサークルから、夏山のボランティア活動に協力してほしい、と相談されてます。なんでも医学部のカリキュラムの変更で 学生が登れない時期ができてしまい その期間を 代わりにサポートしてほしい、ってことです」
僕「ふーーん」
部長「三俣山荘の診療班で 山の経験がある医学生に声をかけてて それで 香川医大探検部を思い至ったみたいです」
僕「え!!!!!(びっくりしたあ)」
1988年 研修医1年目の夏に一度だけ その岡山大学三俣診療班 に参加したよ!
と答えてから とんとん拍子!
まだ 三俣山域 の経験がない 当時の探検部 の皆さんに 情報提供し
もちろん 探検部としての アウトドア活動と 「診療班活動」は やり方も違うので 探検部活動の延長で考えてはいけないだろうし・・・できる限りのサポートを約束し 結果 僕のサポートは あまり必要がないくらい ちゃんとやってくれてほっとした。
で その1年半後 正式に 香川医大に 三俣診療班 発足となり 顧問になった先生(岡大OB すなわち 三俣診療班として大先輩)に これからも サポートよろしくね! ということで 部員でも OBでもない僕が 活動にかかわることになったわけ。
振り返れば 僕が 卒後1年目に 三俣に登ってなければ ここまで 僕としても のめりこまなかったと思う。
その意味で そんなことを考えもしなかった 研修医1年目の たまたまの 行動が 今につながっている という不思議を感じている。
で、その 研修医1年目に参加した 三俣診療班。当時はまったく 知らなかったが
香川で 三俣に上記のようにかかわることになって あらためて 検索したら!!なんと!
岡山大学三俣診療班の創設期には 僕が所属している 岡山大学第1内科の先生方(要するに僕の大先輩たち)が深くかかわっていたこと!がわかった。
研修医当時の僕は 「せっかくの夏休み丸々使って 北アルプスに登る」ってことが 「変なやつ」って思われるのを気にして 同期、先輩、オーベン・・誰にも言ってなかった。 第1内科の先輩方(当然当時 病棟でしごいていただいた 諸先輩方の中に三俣経験者が結構いたのだ)がかかわっていることを最初から知っていれば 堂々と 参加できたのに・・(^^)
そんなこんなで考えてみると・・・
僕自身は そのときそのときで 適当に考えて 進路を選らんだにもかかわらず 結局は 今から思えば最初から こうなる運命(大げさか?)であったのかもなあ って思うわけ。
はるか過去 と現在 そして 未来 って つながっている
それは たぶん まったくの偶然ではない
って 思うと 過去 そして 現在 そして 将来 かかわるであろう すべての 人たち を 大事にするってこと は
すごく大切なことだなあ と感じたしだいである。
なんかよくわからなくなったが 本日の雑感終わり。
土曜日は たぶん懐かしい顔も多く集まるだろうから 楽しみ! そして それが 将来の 僕の 何かに 役立つ つながるだろうことも確信しながら 楽しみにしたいと思っている。
Posted by てっちゃん at 23:45│Comments(0)
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